森伊蔵

明治18年創業の森伊蔵酒造は代々焼酎造りの技法をかたくなに守り続けている。
初代・森 伊ヱ門が事業を始めた頃には、財力に富む大きな造り酒屋だった。
荷車に酒樽を積み、桜島・姶良・百引方面の酒屋に連日売りに歩くなど大繁盛だった。
 
 ところがその後家運は傾き、四代目・森 伊蔵が跡を継いだ時には、蔵はすでに破産状態。四代目に残されたのは、代々直伝の焼酎造りの技だけで、まさしくゼロからの出発だった。
 
 森伊蔵酒造では当主が杜氏を兼ね、渡りの杜氏は使わない。五代目・森覚志も四代目の下で、蔵子として焼酎造りの修行をする傍ら、垂水市内の酒屋をくまなく歩き回ったが、「知名度がない、販促費が払えないなどで、ほとんど相手にしてもらえなかった。」
五代目は五年間の苦しい蔵子生活を経て、1986年に五代目の当主・杜氏になった。
 
 同時に個人商店から有限会社に法人化し「酒屋が売ってくれないのなら、消費者が買いに来てくれる焼酎を造ろう」と決心。
逆転の発想で新しい焼酎造りに挑んだ。

 小さな酒蔵の為に、生産本数に限りがある為、お客様にご迷惑をかけている
現状に愛飲家の間には、なかなか手に入らない事への不満もある。
 
 その事をある取材の時に聞かれた五代目は「私共の造る焼酎は、明治以来の酵母菌が住みついている今ある蔵でしか出来ないので、他の場所に蔵を造り焼酎の増石などは考えてはいない。
蔵を大きくすれば、目が届かない所も出てきて本来の焼酎の味が出せなくなる。
 
 私共が目で見て、舌で感じ、納得した焼酎をお客様ノ味わって頂きたいので、小さな蔵ですから生産本数は少ないので、お客様にはご迷惑をおかけしていますが、一本一本に愛情を込めてこれから先もすべてにこだわり、妥協をせずに、まだまだおいしい焼酎造りを目指して日々努力し、向上していきたいです。私は企業家ではなく、こだわりの職人としてこれから先も、細く長く焼酎を造り続けたい。」ときっぱり。

これから先もこだわりの職人として、焼酎造りを続けて頂きたい。

森伊蔵の裏話

 フランスのシラク前大統領は、大相撲ファンであることは結構有名ですが、以前に九州場所を観覧し、その後博多の町で食事をされたそうです。
 その時に焼酎が出され、森伊蔵だったとのこと。シラク前大統領、この焼酎はフランスのブランデーよりもおいしいと言ったそうで、フランスに森伊蔵を何本か持ち帰ったとのことです。
 その後、森国会議員が首相だった時にパリを訪問し、晩餐会に招かれ、その時に出たお酒が焼酎の森伊蔵だったそうです。
 森首相と焼酎の森伊蔵にひっかけたのではと言うウワサもありましたが、それだけシラク前大統領は森伊蔵を気に入ったと言うことでしょう。

森伊蔵

地酒焼酎の代表銘柄といっても過言ではない、イモ焼酎『森伊蔵』は、九州のみならず、関東地方でも未だに人気が強い銘柄である。味の方は一言では言い表せないのであるが、敢えて言うならば、「絶妙な味のバランスの良さ」である。香り・素材の風味・口の中での広がり方・のど越しの良さ・飽きのこない程よい甘さといい本格焼酎の持つべきものを全てバランス良く網羅している。森伊蔵はこれぞ薩摩焼酎の王道をいく銘柄である。そして有名な話であるが、蔵元のポリシーでこの銘柄に関しては増石(生産量を増やす)しないで、「きちんと手づくりする」という考えで造られていて、毎月限定生産である。森伊蔵を手に入れるには、「毎月15日に蔵にならんで買う」という実に稀な販売形態を取っている。裏話に、鹿児島選出の国会議員が噂を聞き付け、議員本人が蔵元に電話をして注文をしたところ、「このお酒は毎月100本、こちらの蔵に買いに足を運んでくださる方のみに販売しております」と議員本人が電話したにもかかわらず、あっさりと断られてしまったという話があったそうだ。それともう一つ、限定生産で人気も高く一部でかなりのプレミアがつき、1升2000円のお酒が1万円以上の高値を付けているのも驚きである。あまり市場に流通していないのもたまに傷である。(最近では電話でも予約を受け付けてはいるらしいが、やはり抽選となっているようだ。)